[chapter:運命か偶然、それとも必然に。]

昼下がりの時間。放課後の教室。
机を並べて、生徒達が何やら相談事をしている中に彼女はいた。
「、さん。有栖さん?」
誰かが呼ぶ声に、ふわふわとした気分か覚醒する。
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?有栖さん、寝不足なのかしら?」
「えっ、あっはい!ね、寝てませんっ!」
はっとして言葉を放ちながら機敏な動きで背筋を伸ばし答えたのは、
有栖と呼ばれた少女。
ふわりと柔らかなウェーブのボブヘア、その色は甘いミルクティー色。そしてコーラルピンクの瞳がよく合う少女だ。
有栖 莉紗(ありす りさ)。それが彼女の名前。
呼びかけていたのは部活動の部長を務める女子生徒。裁縫や手芸といった手作りを楽しむ部活動だ。その部室で彼女達は学期末の展示会への出し物について話し合っていたところだった。
「"心ここに在らず"って様子ね。
有栖さんはいつもどこか抜けてる感じするけど、今日はもう本当にどっかにいっちゃってるみたいだったわ」
冗談混じりに天然な性格を指摘される。
「す、すみません。あの、えっと、ちょっと考え事を……すみません。」
「製作品の考え事ならいいのだけど。さ、本題に入りましょう。テーマだけど………」
話を戻し部員達の会議が始まった。

+ + + + +

ガタッ。

数名の椅子を引く音が響き、一室から生徒達が出てくる。
「それじゃあ有栖さんもよろしくね。いい展示会にしましょう」
「は、はいっ頑張ります」
ペコッと頭をしっかり下げ挨拶をし、莉紗は部室を後にした。

校門から出てくる生徒達。部活時間を終えた女子生徒ばかりが次々と校門から出てくる。
そう、彼女が通うのは女子高であるからだ。
まばらに出てくる他の生徒に混じって、視線を少し下にやり、とぼとぼと校門から出てくるのは莉紗。
『ああもう、ダメ私。なんかずっと気持ちが落ち着かない。
ふわふわした夢心地の感覚が抜けないなんて…重症、だ』
昨夜の出来事が絡まっている。
ゆっくりと歩きながら莉紗はあの有名なお話を思い重ねていた。
同じ"アリス"という名のつく女の子は、ウサギを追いかけて不思議な世界に迷い込んだ。でもそれは現実のようで本当は夢の世界。
目覚めたら全てが消えていたけど、あの子は本当にその世界にいたのかもしれない。
……私も同じ。私は星を追いかけて、
……不思議な世界に迷い込んだ。
でもやっぱり夢で、でも現実のようで。
「私も、それでも本当にいたのかな。会ったのかな。」
とても小さな声で独り言が漏れた。
ぼんやりと思い出す姿がふたつある。夢の中の人達。
《できたらもう一度…。触れてみたいな。
あんなに優しくて、あたたかだった温もり。》
でもそれは、叶わない。何故なら現実の人達じゃないのだから…
そんなことをグルグルと考えながら帰路を歩く途中だった。

どんっ。

「っはふっ!!」

目の前が急に暗くなり人と布の感触に包まれた。軽い衝撃。
前をよく見ていなかったようで莉紗はなにかにぶつかった。
その正体は、自分より1頭身以上背の高い背中。
「すすすすみません!私よそ見をしててっ!すみませんすみません!」
自分の不注意で起こってしまったことに慌てて謝罪の言葉を連呼する。
その男性はこちらを振り返り視線を下に下ろすと、こちらも少し慌てた様子で言葉を返した。
「えっ?!ああいえっ、僕も通り道に突っ立っていてっっ…その、すみません。」

こちらがよそ見をしていたのに、彼は深々と頭を下げて謝罪した。
すっと直り顔を合わせた瞬間、
莉紗はその惹きこまれるようなフェイスの青年に、ほんのりと頬を赤らめた。

(ーうわぁ…綺麗な人っっ…)

柔らかくその男性は微笑む。
その表情は優しく、美人という言葉に似合うような美形。
淡くやわらかな杏色の髪をし、アンダーリムの黒縁の眼鏡をかけ、そのレンズの奥にはどこか憂いのある垂れ目がちな、モーヴピンク色の瞳が優しく揺れる。
何かこの男性に不思議な感覚を記憶のどこかに感じている、初めて会ったようには思えない、そんな感覚。
クリッとした瞳を真っ直ぐにこちらを見つめる彼女に、青年はそのまま言葉を続けた。
「あの、ついでにお尋ねしたいことがあるんですが…いいですか?」
「えっ、あ、はい。私にわかることなら…」
莉紗の返答に青年はもう一度柔らかく微笑み、軽く会釈をした。
「ありがとうございます。
この辺にこの雑誌にあるカフェがあると思うんですけど、場所が分からなくて…。知っていたら教えて頂けますか?」
「あ。……はい!んと、ここならわかります!こっちの道じゃなくってですね、…」
雑誌に掲載されている地図を差しながら言葉と身振り手振りを交え莉紗は道案内をした。
「ああ、そっか、あっちの角…
助かりました。ありがとうございます。」
お互い挨拶を交わした後、さっきの不思議な感覚がこみ上げ、その青年を見つめ莉紗は吞み込みそうになった言葉をゆっくりと声にし、問いかけた。
「…あの。
私達、……どこかで会ったことがあります、か?」
「…、……え?」
青年の反応を受けた瞬間、カァッと身体が熱くなるのを感じ赤面してしまう。
「ええええっと!いえ!すみません!なんでもないですっ。
わた、私何を言ってるんでしょうねっ!っっあははは」
なんて突拍子もない事を聞いてしまったんだ。両手を左右に振り、言った事を無かったかのように誤魔化す。
道を聞かれただけの面識の全くない相手なのに、変な子だと思われたに違いない。
恥ずかしさのあまり俯向く莉紗に、青年はクスッと笑いそう尋ねられるのを待ち望んでいたかのように問いに答えた。
「…ふふっ。…
ーーええ。会ってますよ、僕達。
あの流星群の夜に。

莉紗さん。」

驚きで硬直している莉紗に彼はもう一度、優しい笑みで言った。
それは意外な答え。
ほんの1秒のクロノスタシスの後、チクタクと再び秒針が刻み始めた。

+ + + + +


莉紗は道端で出会った青年とカフェにいた。
心地よいボサノバが流れるゆったりとした居心地の良い店内。
席に座ってからの沈黙がなんとも言えない。
周囲の女性客達がこそこそと落ち着かない様子も感じとれる。そう、この青年のモデルのような容姿が少々目立つ。
加えて女子校の制服の少女と2人。はたから見たら恋人同士か何かに見られているのかもしれない。
そんな空気感の中で、先に喋りだしたのは青年の方だった。
「…えっ、と。
なにか注文しましょうか?
…あ、すみません。」
カフェの店員を呼び止めオーダーを進める。
「エスプレッソを1つ。あとこのケーキセットを1つください。
ケーキセットで、いいですよね、
ね?莉紗さん。」
「へ、っあ!あの、ケ、ケーキ、セット…あ、、…はい。」
青年の問いに返事をすると、ウェイトレスにドリンクの注文を尋ねられお気に入りの紅茶を注文する。
オーダーを終えるとまた視線を落とし落ち着かない様子の莉紗に、少し困った様子で声をかける。
「大丈夫ですか?さっきから僕の事を見てくれませんね。」
「ああいえそのあのあの、はい、すみません。何がなんだか」

まず、どうして私の名前を知っているのか。夢で会っただけの人がここにいるのか。そもそもその夢だと思ってた出来事がこれじゃあまるで現実にあったことのようじゃないか。それにこんな偶然道に迷ってた人が運命のような出逢い…
私は、どうかしてしまったのか。
聞きたいことが山ほどあり整理するのが追いつかずグルグルしてしまっている。何から尋ねればいいのかわからないまま視線を上げれない莉紗に青年は自分の名を明かす。
「では、まず自己紹介をしましょうか。
僕は湊、といいます。生十羽 湊(おとは    みなと)。…君は」
「有栖…有栖 莉紗、です。」
「はい。では、莉紗さん。」
「あの、さっき、さっき私のこと呼びましたよね?まだ、名乗ってないのになんで…っ」
先程道端で、この湊と名乗る青年に名前を呼ばれたことについて疑問が残っていた。名乗ったは今が初めてなのにどうしてかと不思議でならない。
会っていた、といってもそれは、夢の出来事なはずだと。
「…ああ、そうですね。なんで君の名前を知ってるかと?ふふ。
それはあの時、騎音がそう君を呼んだからですよ。」
「ノ、…ノオト…さん?」
「姿を、覚えてますか?君と一緒に濃紺の空から堕ちてきた…彼が騎音。」
はっと脳裏に浮かんだのは、あの印象的な2つの色の瞳だ。夢で会ったもう1人の青年。
「あの人が、騎音さん。あ、あのとき、私の手を抱き寄せてくれた…。あの人も夢の中の人ですよね?…あ、でも生十羽さん、は、今ここにいますし…」
半分おぼろげで、だけど半分はハッキリと思い出せる曖昧な感覚。出逢うことがあるならば、それはきっと鮮明になる予感がする。
ポツポツと会話を始める途中で、オーダー品が運ばれてきた。手際良く配膳された珈琲と紅茶をとりあえず啜り、そのまま会話を再開し始める。
「ふふ、そうですね。今目の前にいる僕は莉紗さんがほんの少しでも覚えてる僕その者です。
突然で、理解できないでしょう?もちろんです。把握してくださいという方が酷なことです。
だってどう考えてもありえないことですから。君が踏み込んだ世界。僕達の知っている世界。
そうこの…表の現実では、ね。」
もう一度珈琲を一口飲み一息つく。
湊は、莉紗が体感したその世界について話し始めた。
「ざっくりと簡単に説明させて頂きますと、僕達は星を探していました。
そのためにあの濃紺の星空で存在する大天球儀を廻して巡り、12星座の星屑を集めてるんです。
いや、実際に宇宙にいったわけではないですし、星空を飛んでいるわけではないです。その天球儀が、空に存在するわけでもなく。
ここから見ている夜空と同じ、でもあの世界はまた別の空間。隠された別世界なんです。と言えばよいでしょうか。」

「は、はぁ…。」
現実離れした話に気の抜けた声で莉紗は相づちをし、首をひねっていた。
その様子にあの時の情景を蘇らせるようそのまま湊は言葉を続ける。
「こんな話を聞いただけではそう簡単に、はいそうですか、とは信じられないですよね。
でも莉紗さんは、夢だと思っているあの世界に実際に行ったわけですから。
だからほら、輪の上で騎音に会ったこと、覚えてる。僕のことも、覚えていてくれましたしね」
「え、ええっと私その!疑ってるわけじゃないですっ!、なんていうか、本当夢みたいで。
大好きな憧れた世界に、本当に私…。」
慌てて否定すると気持ちが高鳴ったせいで顔が赤面してしまう。状況を整理しても仕切れないくらいの突然の出来事、再会と告白。
喜びと戸惑いに揺れている表情を見て湊は和かに確かめるように言葉を返した。
「ええ、なら現実ですね。
騎音にも対面しないと、実感がないって感じでしょうか。いますよ、もちろん。彼も。
あの世界は、
…"星に印された者/ステラティカ"と呼ばれる僕達しか踏み入れない隠された時間の空間。
君は何かに同調して、迷い込んでしまったのですね。もちろん、ただ迷い込んだだけで、君自身が夢の出来事だと思っていたのならそう夢で終わらせてもよかったのですが、
…君に見せるべき理由がどうしても起こってしまったので、迎えに来ました。
それはあの時、莉紗さんは星々から特別なモノを受け取ったから。」
「特別な物?」
言われて莉紗は、それが湊のいう特別な物なのかを確認するよう記憶の断片をつなぎ合わせてみる。
「…わ、私、覚えてるのは…光が、ストロボが強くって…それでチカチカしちゃって…なんだか、その時の光が、ずっと目の奥に残ってるみたいな感覚がするだけで…特別な物と言われても、何でしょうか…それって」
「はい、その感覚と、あとずっと気分がふわふわしてませんか?それはその影響で、その感覚は特別な物を受け継いだから起こる感覚。僕は、
…僕達はそれが何かを知っています。
…さて、では夢じゃなかったということ、証明しなければなりませんね。
その為に、あの場所の姿をしっかり君に見せる必要があります。そしてその特別に受け継いだモノも。そうすれば、今の莉紗さんの言う残っている感覚は晴れると思いますよ。」

「私が特別に、受け継いだモノ……」
確かめるように湊の言葉を繰り返し口に出した。その特別とは、今はその時から何か変わったようには感じないし、思えない。
一点を見つめて深刻な面持ちの莉紗。そんな彼女を見て湊は今まで以上にゆっくりと、記憶に残るよう力強く言葉を口に出した。
「今夜、待ってます。騎音と一緒に、君がくるのを。
陽が落ちて月が輝く刻に、あの丘で待ち合わせ。
ですがまだ時間があるので。莉紗さん
…もしもこれが、本当に信じられないようでしたら、このセカイに踏み込む気がないのなら、現れないでください。そして僕達との出会いは、きっと夢だったと、幻になりますから。つまり、これでサヨナラということです。」
念をおされる、少しばかり棘のある言葉。
「え?あ、生十羽さ」
莉紗はその真意を問いかけようとすると、それを避けるかのように湊はほんのりと微笑んで見せると、テーブルの端に置かれた伝票を手に取り席を立つ。
「僕のことは"湊"でいいですよ。
ふふ…それでは。また今夜お会いしましょうね。」

莉紗に約束を渡して、そのまま湊はカフェを後にした。


再び彼と会う、そう約束を交わした時間がおとずれるまで、あと四時間。