[chapter:廻りだすオトとキオク]


とてもよく晴れた夜です。
今日は流星群が夜の空を翔る日。
今夜の天体観測。
最近見つけた星がよく見える場所がある。
そこへ走り出すのは、コーラルピンクの瞳を持つ、ふんわりと柔らかいミルクティー色の髪の少女。
少し時間が遅れてしまった…。
静かな丘を越えようとした刹那だ。
一歩踏み出した景色が突然変わる。
(……っっ?!!)
突然の白。飛び込んでくる眩い光。
真っ白過ぎて何も見えなくなった。

 きゅっと瞳を閉じて、眩さが消えた頃ゆっくりと瞳を開くと…天球儀の輪の端に少女は立っていた。
[えっ!?な、何?ここは何?!!]
眼下に広がるのはいつも見上げている星空。
知っているのにあまりにも近いその景色に眩み、驚きたじろぐ。動揺と背筋が凍る感覚に身をすくめて困惑する。
[わ、私、私っ…!だってさっきまで走ってた場所じゃない]

ふと、知らない視線を感じその方向へ顔を上げるとそこには、
見覚えのない青年が立っていた。
刹那、
時間が止まったかのような感覚がした。
その姿は、ヘッドホンを身に付けているのが特徴的で、少女が見上げる程の身長はあるだろう。
そして濃紺の夜空のような髪色をし、青緑と青灰の2つの色を持つ青年だ。
そのヘッドホンを耳に当て何かの音を探しているような様子だったが、少女に気づきこちらに目をやる。
表情はさほど変化はなかったように感じたが…
しかしその瞳は動揺と驚きに満ちていた。
「あ、…あの」
少女が言葉を出そうとした瞬間、
耳鳴りのような甲高い音が響く。
光放つモノが彼女を取り巻く。

そうそれは、ココニイルコトを許されていない存在への警告。
眩いストロボ。
抵抗する間も無くソレに襲われ、瞳孔の開いた瞳にその光が衝突する。
衝撃でバランスを崩し足がもつれ
濃紺へと、輪から堕ちる刹那_

「リサっっっ!!!」
駆け出し声を上げたのはあの青年。
名前など知らないはずなのに咄嗟に叫んだのは、彼女の名前。
力強く、一回り大きいその手が"莉紗"と呼ばれた少女の腕を掴んだ。

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「…っん。」

ビクッ
 軽い電気が走ったような痛みで身体がはねる。
「… …ノイズが紛れた。…あれ?」
電子機器を片手に、もう一方の手で耳に装着したイヤホンを確かめる。
彼は長身で細身、柔らかい杏色の髪をしアンダーリムの黒縁眼鏡をした青年、
その奥に憂いを帯びたモーヴピンク色を持っていた。
どうやら誰かの帰りを待っているようだ。
ふと何かを感じ空を見上げようとした瞬間ー

「湊」

近い距離で名前を呼ぶ声が。
呼び掛けられた方向へ視線をやると、そこに空間を瞬時に飛び越えた風が走り、静寂が切り裂かれる。
その中から現れたのは星空の中の天球儀にいた、少女と青年。

「っ、騎音?!」
視界に捉えた瞬間、その名を叫ぶ。
湊と呼び掛けられた青年は慌てて両手を広げ彼を受け止めようとするが、
「うっ・わ、ぁあ!!?」
2人分の重力と落下の引力を受け止められるずはずも無く、丘を転倒してしまった。
「痛った…た。」
3人軽傷になるであろう程の転倒だったが、かろうじてそこは草木の生える丘だった為に植物がクッションになってくれていた。
最初に起き上がったのは湊。
ずり落ちそうな眼鏡を直しながらため息混じりに口を開く。
「ノイズで音が途切れたかと思ったら。前兆も無しに突然戻ってくるなんて危ないじゃないですか」
「ごめん。夢中だったから。あのね…」
見た目とはギャップのある口調で騎音と呼ばれた青年が言葉を返す。
聞き終える事なく、湊は再び口を開いた。
「…あ・そういえば、
なんだか人1人受け止めたとは思えない重みだったのですが」
言うと同姓とは違うやわらかな感触を手に感じた。
触れた先に目をやると腕の中にあの少女が。

「ーッ女の子・騎音と一緒に女の子が堕ちてきましたッッッッ!!」
ふっと表情が変わり綺麗な高音の声で驚愕の言葉をあげる。
意外な出来事の衝撃を隠せず思わず声が高なった。
「ちょ、ちょっと待ってください。
だって、あの場所は、僕達しか……」
そう。あの場所は、
他者が自ら迷い込み、辿り着くことは出来ない世界。
迷い込んだら最期闇夜に融けるだけ。
星の導きを得て同調した、限られた末裔達・あるいはその者から直結に受け継いだ者達だけの、
踏み込めない13番目の隠された時間と空間なのだから。
焦点の合っていないぼんやりとした少女の瞳を騎音は覗き込む。
その右眼にはキラキラと星屑のようなヒカリが瞬いて見えた。
「見て。湊、見て。星が。見える。
見たことがある。
だってこれは、俺があの時湊に見たのと同じ、」

《… …十二宮を見る者の眼/ゾディアックビュー》

二人そう呟くと彼女の瞳に色が現れ軽く唸り声が漏れた。まばたきを数回、
「は、ふ…ぅ?わ、私、ここ。
……あ、えっ?」
目覚めたてのようにふわっとぼんやりしたような口調と表情の瞳に、2人の目線が交差する。
「私は……」
話しはじめる少女の言葉を塞ぐように、騎音は顔を近づけ、彼女の額に自分の額を当ててそっと、囁いた。
「ねぇ。どこから来たの?帰るべき場所を教えて。
俺たちが連れてってあげる。
… うん。目を、閉じて。教えてくれる?」    
夜風に少し冷えた額に、暖かい感触が心地いい。
言われるがまま瞳を閉じ
少女は彼らに身を委ねる。
片手ずつ、騎音と湊は一回り小さなその手を握った。

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